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ブログで歩くベルリン建築物
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ベルリンのハンブルク駅投稿日時:2008/04/07(Mon) 17:36

19世紀半ばに建設され、40年間鉄道駅として機能した「ハンブルク駅」が、現在は現代美術館として利用されています。
ここの目玉はアンディ・ウォーホールの「毛沢東(Mao)」や特別展示の多彩さなんですが、1996年にJosef P. Kleihues(ベルリンには彼の建築物がたくさんあります)によって行われた大改築も、建築ファンには見どころではないかと。
前回ご紹介した国境が近くにあったことから戦後はかなり放置されていたというのに、中へ入るとあらビックリ。
本当に1847年完成の建物かと目を疑います。
上の写真からは鉄道駅というより宮殿か何かと思いますが、中に入るとあー鉄道駅っぽい!
この写真からもお分かりいただけるように、巨大な展示物が大きなホールにドカンと置かれているのですが、ものすごく贅沢な空間の取り方で圧迫感はまったくなし。
ここから右につながるホールでは特別展が常時行われています。


こちらが「クライフス館」。入って真正面にアンディ・ウォーホール作の「Mao」。
この美術館もベルリン国立博物館のものなので、木曜日14:00~18:00は無料で入れます。
現代美術に興味がある方も、クライフスの建築に興味がある方も、鉄道マニアの方も、
いろんなところで「あらすごい」と思える壮大な美術館です。
ハットン調査団(4)投稿日時:2008/03/28(Fri) 03:32
デッサウの環境省以来すっかりご無沙汰していたSauerbruch+Hutton建築物巡り、第4番目の建物はベルリンのはずれ、ドイツ最大級の科学技術とメディアの街「アドラースホーフ」にあるフォトニックセンター(Photonikzentrum)。アドラースホーフはベルリンフンボルト大学の自然科学系(地理、化学、物理など)キャンパスの拠点でもあります。
フォトニックというのは、英語でPhoton(光子)とElectronics(電子工学)が合体した単語で、応用光学のことをいうそうで、このフォトニックセンターではその応用工学技術の開発が進んでいます。
完成は1998年というので、先にご紹介したGSW(1999年)、官庁街消防警察署(2002年)、デッサウ環境省(2005年)よりも前の作品です。
他にベルリンには彼らの作品としてブリティッシュカウンシル(英国のゲーテ・インスティテュート)やZumtobel Staff GmbHというコンサル会社などもあるのですが、許可なく勝手に周りをうろうろできるのはご紹介した3つ(デッサウを除く)かなと思います。また新しい作品が誕生することを祈りつつ、ハットン調査団はひとまず解散です。
ミース・ファン・デア・ローエ・ハウス投稿日時:2007/10/22(Mon) 00:05
バウハウスの最後の校長、ミース・ファン・デア・ローエの建築物の中で
彼のドイツにおける最後の作品で、生涯最後の住居用建物がベルリン郊外にあります。
その名もミース・ファン・デア・ローエ・ハウス。
またの名を「レムケ邸」。
建築を依頼したレムケ氏は、芸術関係の出版社の社長さんであった模様。
ベルリンに「レムケ」というビアハウスがあって、そこの社長か?と思っていたのですが、ハズレでした。残念。


S-Bahnの「Landsberger Allee」からトラムに乗ってFreienwalderstr.下車。
降りたらすぐに「Mies van der Rohe Haus 660m」の標識が。
この家は統一後、区に買い取られ市民の税金でまかなわれている重要な「文化財」なのです。
10分ほど歩くと、見えてきました、四角いレンガのお家!(写真右)


入口と玄関はこんな感じ。
このレムケ邸ですが、1933年に完成、第二次世界大戦後はロシア軍に倉庫&駐車場として利用され、旧東ドイツ時代にはここでシュタージ(国家保安局)が盗聴活動を行っていたそう。


こちらが居間(写真左手)と正面に広がる寝室を結ぶ廊下。大きなガラスの窓から大きな庭が見えます。
このガラスの窓、家の中が丸見えでは盗聴活動なんてできませんので、当時はガラスではなく板張りだったそう。
2000年から2002年にかけて行われた修復工事の時に、元通りに復元された模様です。
また、写真にチラッと見えるドアノブですが、幸運にも1つだけ瓦礫の中からオリジナルが出てきたそうで、
そのオリジナルを元に、全部元通りに再現できたそうですよ。
彼のドイツにおける最後の作品で、生涯最後の住居用建物がベルリン郊外にあります。
その名もミース・ファン・デア・ローエ・ハウス。
またの名を「レムケ邸」。
建築を依頼したレムケ氏は、芸術関係の出版社の社長さんであった模様。
ベルリンに「レムケ」というビアハウスがあって、そこの社長か?と思っていたのですが、ハズレでした。残念。


S-Bahnの「Landsberger Allee」からトラムに乗ってFreienwalderstr.下車。
降りたらすぐに「Mies van der Rohe Haus 660m」の標識が。
この家は統一後、区に買い取られ市民の税金でまかなわれている重要な「文化財」なのです。
10分ほど歩くと、見えてきました、四角いレンガのお家!(写真右)


入口と玄関はこんな感じ。
このレムケ邸ですが、1933年に完成、第二次世界大戦後はロシア軍に倉庫&駐車場として利用され、旧東ドイツ時代にはここでシュタージ(国家保安局)が盗聴活動を行っていたそう。


こちらが居間(写真左手)と正面に広がる寝室を結ぶ廊下。大きなガラスの窓から大きな庭が見えます。
このガラスの窓、家の中が丸見えでは盗聴活動なんてできませんので、当時はガラスではなく板張りだったそう。
2000年から2002年にかけて行われた修復工事の時に、元通りに復元された模様です。
また、写真にチラッと見えるドアノブですが、幸運にも1つだけ瓦礫の中からオリジナルが出てきたそうで、
そのオリジナルを元に、全部元通りに再現できたそうですよ。
こちらが庭から見たレムケ邸。左側が居間、正面ガラス部分が上の廊下、右のレンガ部分が寝室になります。
1933年といえば、ナチスが台頭し始める頃。ドイツ・ドイツ人らしくあることが正しいとする政策の中で、平らな屋根や一風変わったデザインは退廃的であるとされ、ドイツっぽい(アルプスでよく見かけるようなロッジみたいな感じですかね)三角屋根の家以外の建設は1934年から法律で禁止されてしまったそうです。それによりまったく設計依頼の来ないミース氏は(バウハウスも閉校に追いやられていますしね)、1938年にアメリカへと亡命することになります。


左側、MIESter、右側はMIESes。声に出して読んでもらえればわかりますが、ミースターとミーセス、これは男性用と女性用のお手洗いのマーク。ちょっとしたシャレなのよ。。とずっと解説してくれた協会の方が最後に教えてくれました。
現在この建物は、ミースファンを多く集めるだけではなく、モダンアートの展示会会場としても利用されています。
また、レムケ邸にあった家具類の中にもミース設計のものがあったそうで、その家具たちは今、文化フォーラム内の工芸美術館に展示されているそうです。
こぢんまりとしてとても可愛いお家です。ミースファンはお見逃しなく!
<住所> Oberseestraße 60, 13053 Berlin(右側地図で確認してください)
日独の建築家、永眠投稿日時:2007/10/13(Sat) 22:20
お久しぶりです。
こちらは、朝晩はすでに10℃以下に冷え込み始めています。
今年の冬はなんだか寒くなりそうな気配がしますねぇ・・・ あぁ憂鬱。
さて、昨日建築家の黒川紀章氏が亡くなったとの訃報をネットで知ったのですが、
実は先々週の9月30日、ドイツのスター建築家オズヴァルト・マティアス・ウンガース(O.M.Ungers)氏が
他界したというニュースを先週見たばかりだったので驚きました。
O.Mウンガースといえば、現在ペルガモン博物館の改築プロジェクトやベルリン中央駅周辺プロジェクトに関わっていた人物。
ご冥福をお祈りします。

ウンガースはケルン出身の建築なのであまりベルリンに有名な建築物はないのですが、今日は、ウンガースも一部設計しているミッテの高級ショッピングモール「フリードリヒシュタット・パサージェン」をご紹介します。
こちらが「フリードリヒシュタット・パサージェン」の南側。南側からQ205、Q206、Q207と全てが地下でつながっています。
Q205(←)がO.M.ウンガースの設計です。


左がQ206。ヘンリー・コブの設計。
右がQ207。ジャン・ヌーヴェル設計のギャラリー・ラファイエットが入っています。
これがQ205~207までの外観です。
でもこのモールは外だけじゃなく、中もオモシロいので買い物せずとも中へ入ってみてください。

これがQ205、Q206、Q207(ラファイエット)のそれぞれの吹き抜け。
ちなみにこのモールは、ベルリンの中でも最高級なショッピングエリアなので、客層がその辺のショッピングモールとはちょっと違います。人間ウォッチングには最適です。笑
またこの時期、ギャラリー・ラファイエットの地下のシーフードコーナー(各コーナーでそのままイートインできるようになってます)には行く価値大!ベルリン一美味しい生牡蠣が食べられるという噂です。
あぁ、牡蠣フライが食べたいなぁ。。。
こちらは、朝晩はすでに10℃以下に冷え込み始めています。
今年の冬はなんだか寒くなりそうな気配がしますねぇ・・・ あぁ憂鬱。
さて、昨日建築家の黒川紀章氏が亡くなったとの訃報をネットで知ったのですが、
実は先々週の9月30日、ドイツのスター建築家オズヴァルト・マティアス・ウンガース(O.M.Ungers)氏が
他界したというニュースを先週見たばかりだったので驚きました。
O.Mウンガースといえば、現在ペルガモン博物館の改築プロジェクトやベルリン中央駅周辺プロジェクトに関わっていた人物。
ご冥福をお祈りします。

ウンガースはケルン出身の建築なのであまりベルリンに有名な建築物はないのですが、今日は、ウンガースも一部設計しているミッテの高級ショッピングモール「フリードリヒシュタット・パサージェン」をご紹介します。
こちらが「フリードリヒシュタット・パサージェン」の南側。南側からQ205、Q206、Q207と全てが地下でつながっています。
Q205(←)がO.M.ウンガースの設計です。


左がQ206。ヘンリー・コブの設計。
右がQ207。ジャン・ヌーヴェル設計のギャラリー・ラファイエットが入っています。
これがQ205~207までの外観です。
でもこのモールは外だけじゃなく、中もオモシロいので買い物せずとも中へ入ってみてください。


これがQ205、Q206、Q207(ラファイエット)のそれぞれの吹き抜け。
ちなみにこのモールは、ベルリンの中でも最高級なショッピングエリアなので、客層がその辺のショッピングモールとはちょっと違います。人間ウォッチングには最適です。笑
またこの時期、ギャラリー・ラファイエットの地下のシーフードコーナー(各コーナーでそのままイートインできるようになってます)には行く価値大!ベルリン一美味しい生牡蠣が食べられるという噂です。
あぁ、牡蠣フライが食べたいなぁ。。。
ハットン調査団(3)投稿日時:2007/10/07(Sun) 05:56
デッサウ駅に着き、バウハウスに行く途中の橋から、何だか奇妙な物体を発見。
(バウハウスと反対方向、つまり市街の方です)
3つ目のSauerbruch+Huttonの建築物に思いがけず遭遇!!!!!
素敵な出会いがあったというのはこれだったんです。
というわけで、急遽ハットン調査団再結成。
この建物、実は環境省。
どこかで、新しくできた環境省がなかなかオモシロい、という記事は読んでいたんですが、まさかそれがザウアーブルッフ+ハットンのもので、デッサウにあるとは。勉強不足でございました。
さて建物ですが、環境省の建物だけあって、環境に配慮した構造になっています。
そもそもデッサウにできた経緯なんですが、デッサウ市が「持続可能な都市開発」を行っていて、そこに(「持続可能な開発」がアジェンダ21でも強調されていることから)環境省の建物が入ることになったそう。
ザウアーブルッフ+ハットンは新築部分だけ担当しています。「古い」部分は、ここにかつてあったWörlitzer Bahnhof(ヴェーリッツ駅)の駅や、ガス工場の建物が再利用されています。レンガ造りの古いレトロな感じの駅の裏に隠れているガラスと色とりどりの建築物。なかなか日本ではお目にかかれないのでは?
2005年に完成した後は、職員のオフィスのほか市民が利用できる図書館や情報センターなどもあり、展示センターとともに一般市民にも開放されています。
オープン時間<建物> <図書館、情報センター>
月~金: 6:00 - 22:00 月~水: 9:00 - 15:30
土: 6:00 - 16:00 木: 9:00 - 17:00
日・祝日: 8:30 - 16:00 金: 9:00 - 14:00
この建物には環境に優しい技術が駆使されていて、もちろん利用されているエネルギーも再生可能エネルギー。建物を上から見ると、膨大な数のソーラーパネルが屋根に取り付けられているのがわかります(写真はこちら)。


また、建物の前にこんなレンガのプレートがあります。
これ、よく見るとクロスワードになっています。出題内容は、環境や人間に関することなんだそうで、チョークを使っているので何度でも消して・書いての再利用が可能。素晴らしい!
しかしですよ、ドイツ語がわかる方、右写真の一番下のQ&A見て「???」って思いませんか?
「Baustoff der Gene(遺伝子の構造物質)」=DNS?
・・・DNAですよねぇ。。。 おバカさん。笑
ハットン調査団(1)
ハットン調査団(2)
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プロフィール
Nao
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神戸出身。2000年某大学ドイツ語学科を卒業後、通訳案内士として働く。2001年秋から2年間ベルリン某所に勤務。その後ドイツで2度目の大学生活に突入。2007年9月、ベルリン自由大学地理学部(専攻:自然地理学・環境教育)卒業。半年間のインターンを経て、2008年6月、7年ぶりに日本に完全帰国。現在はドイツの某機関(in 東京)に勤務中。
※ブログは閉鎖しています。ベルリン観光情報サイトとしてご活用いただければ幸いです。
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神戸出身。2000年某大学ドイツ語学科を卒業後、通訳案内士として働く。2001年秋から2年間ベルリン某所に勤務。その後ドイツで2度目の大学生活に突入。2007年9月、ベルリン自由大学地理学部(専攻:自然地理学・環境教育)卒業。半年間のインターンを経て、2008年6月、7年ぶりに日本に完全帰国。現在はドイツの某機関(in 東京)に勤務中。
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